疎開について
昔は軍事用語の一つであったのですが、第二次世界大戦の終盤に、攻撃目標となりやすい主要都市に住む子供、老人、女性、又は、直接攻撃目標となるような産業などを、田舎に避難させるという対策を指す言葉として一般化したのです。
当時、「避難」や「退避」という言葉を使用しなかったのは、「これは、軍事作戦の1つであり決して逃げるのではないのだ」と主張していたのです。疎開は国の命令によって人および産業の移動をすることなのです、空襲での個人的な避難はこの言葉には含まれません。
なお、第二次世界大戦中に本土がすごい被害を受けた日本、ドイツ、イギリスなど多くの国で疎開が行われたのです。ほとんど被害を受けなくて済んだアメリカにおいても疎開が本格的に計画されたのです。
当時は、小学生も出撃していた時代なので疎開対象の子供の年齢はかなり低かったのです。
この疎開で家族がバラバラになるケースもあり、終戦後になかなか家族同士会えない事もあったのです。